和菓子の原点で高貴な花見?

2016.2.24

京都。1200年を超える歴史を持つこの街には、数多くの伝統的なお菓子があります。その中でも、とりわけ古くから残されている「あぶり餅」と「清浄歓喜団(せいじょうかんきだん)」に注目です。

特に「清浄歓喜団」は名前だけでは味、食感、香りの想像がつかない、それどころか本当に食べ物であるのかも不明です。

春の花で、疫病除けを祈願する「やすらい祭」

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手始めに向かったのは京都の北、紫野にある今宮神社。ここは、4月に行われる京都三大奇祭のひとつ「やすらい祭り」で有名な神社です。これは花の季節に椿や山吹・桜などの花で飾った花笠をかぶり、鬼の装束に身を包んだ行列が踊り歩くというもの。花見とは随分趣が違いますが、花の季節春の精と共に溢れ出る疫病や悪疫を、この傘に宿らせて神社へと誘い込み、お祓いして一年の無病息災を祈るという、春の花にゆかりの深い町衆のお祭りです。

無病息災のご利益「あぶり餅」

この神社の門前にあるのが、あぶり餅の老舗。
参道を挟んで「一和」さんと「かざりや」さんという2軒のあぶり餅を売る老舗が並んでいます。竹串に刺した餅に、きな粉を振りかけ、炭火であぶり、甘めの白味噌だれをたっぷり絡めたあぶり餅。

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あぶり餅の誕生は、今より約1000年前の平安時代の長保2年と言われており、使われる串は今宮神社に奉納された斎串(神様への捧げ物の串)なのだそう。先述のやすらい祭の花笠の下に入ると一年の厄が払われることから、今宮神社の神様のご神徳の宿る串で、餅を食べると無病息災のご利益があるとされています。

参道には炭の爆ぜる音が響き、味噌の芳ばしい香りが漂っています。
出来立てのその味は、なんとも素朴。京都の白味噌だれ特有の控えめな甘さが、炭火で炙られた餅の焦げ目の香ばしさを上品に引き立てます。

かつて京都で起きた応仁の乱やその後の飢饉の際にも庶民に振舞われたという歴史あるお菓子。長保2年には現在のような砂糖は日本に入ってきていませんでしたから、この素朴な甘さこそが当時の庶民にとって何にも代えがたいご馳走だったのでしょう。

和菓子の源泉「清浄歓喜団」

2つ目の歴史あるお菓子は、「清浄歓喜団」。
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馴染みのない名前ですが、なんと現在私たちの食べている「和菓子」や「団子」の原型となったものなんです。先述のあぶり餅が庶民のご馳走であったのに対して、こちらは高級なお菓子で、奈良時代に遣唐使を通じ中国から日本にもたらされました。当時、こうしたお菓子は唐果物(からくだもの)と呼ばれ、一般市民が口にすることはできず、仏様の供物として用いられ、貴族の方々が召し上がられたと伝えられております。実は清浄歓喜団以外にも、数々のお菓子が日本に渡ってきたのですが、当時の姿を残して伝わるのは清浄歓喜団などほんの数種のみ。

この清浄歓喜団は、7つの「お香を」練り込んだ餡を、米の粉と小麦粉の生地で巾着状に包み胡麻油で揚げたもの。この製造方法を比叡山の阿闍梨より伝えられた亀屋清永さんは、四百年にわたってこのお菓子の技法を一子相伝で守り継いでいます。なお亀屋清永さんに伝わった技法では餡に小豆が使われていますが、これは江戸時代ごろの製造法なのだそう。日本に渡ってきた当初は、砂糖がなく栗や柿あんずなどの木の実を甘草(かんぞう)などで味付けしたものが使われていたといわれています。

毎月1日と15日を中心に製造しており、職人さんは肉や魚などを一切口にせず、精進潔斎の上お香で身を清めてから製造に取り掛かっています。

【お店情報】
亀屋清永 本店
〒605-0074 京都市東山区祇園石段下南
TEL:075-561-2181(代)
FAX:075-541-1034 営業時間:8:30~17:00
毎週水曜日定休
http://www.kameyakiyonaga.co.jp/
◆清浄歓喜団 1つ500円(税別)

清浄歓喜団は仏様の大好物?!

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多くのお菓子が中国から日本へ渡り、独自の進化を遂げた中で、なぜ清浄歓喜団は当時の姿のまま残っているのでしょうか。亀屋清永さんでは、清浄歓喜団を真言宗や天台宗のお寺にお納めしているとのこと。そのお寺さんのひとつ、京都の大山崎にある「観音寺」に訪問し、清浄歓喜団についてのお話を伺いました。

観音寺は「聖天(しょうてん)さん」と地域の人々から親しまれているお寺。この別名となっている「聖天さん」が、清浄歓喜団をお供えする「歓喜天(かんぎてん)」様という仏様で、同時の天堂に祀られています。

お寺にて住職さまにお話を伺うと、歓喜天さまは象のお顔をした2体の仏様で、商売繁盛や和合のご利益があるといいます。ただし、この仏様にはいつでも好物をお供えし続けなくてはならないそう。その好物は3つあり、1つは蘿蔔根(だいこん)、もう1つはお酒、そして最後の1つがこの清浄歓喜団。

清浄歓喜団のあの形は、歓喜天様の持つ金袋をかたどっており、結び目は8つと決まっているそう。これは、人間の108の煩悩を表しているといいます。

観音寺さんでも、何百年にも渡りお供えを続けています。先代までは同寺にも清浄歓喜団の製法が伝わっており、実際に住職様が作られていたそうですが、現在は亀屋清永さんにお願いしているとのこと。「戦時中の物がない時もこれだけは欠かせず実に苦労した」と語られていらっしゃいました。今も変わらず、1000年前の姿のまま製法が残されている背景には、こんな理由があったんですね。

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現在も観音寺さんではご祈祷をされた際や、お寺で行われる行事の際に、清浄歓喜団や歓喜団を簡略化した形の「ぶと」と呼ばれる、唐果物を授与されています。清浄歓喜団自体は、亀屋清永さんの店舗で購入できますが、ご興味をお持ちの方は併せてゆかりの深いお寺もお参りしてみては?

「清浄歓喜団」の味とは

清浄歓喜団の特徴は、その香り。

ごま油でカリっと揚げられた衣を砕くと、不思議な香りが口いっぱいに広がります。思い出すのは、お寺に捧げられる抹香(まっこう)。

その香りが小豆の爽やかな甘さを上手に包み、油で揚げた衣をさっぱりとしたものに感じさせてくれます。人によって好き嫌いは分かれるかもしれませんが、なるほどこれは上品な味わい。烏龍茶などの発酵茶とともにいただくと、より一層味わい深くなるのではないでしょうか。

ちょっと高貴な花見に憧れて

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日本に砂糖が入ってきたのは奈良時代、しかし当時は医薬品として利用される超高級品でした。

清浄歓喜団がかつて果物や甘草で味付けされていたのも、こうした理由であったと思われますが、かつて甘いものは貴族や仏様も夢中にさせるほどに魅力的な味だったのでしょう。

ちなみに、現在の花見の席で甘いものを食べることを広まるきっかけは、豊臣秀吉が日本全国から美味いものを集めて行った醍醐寺の花見であるといいます。

今年は、歴史ある和菓子を持ち込んでちょっと高貴な花見を開催してもいいかもしれません。

文責:つむぐarticles 鷲巣謙介
編集:サンダイジ & フジシマ

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